「医師になるには?」vol.2開催! おとなの寺子屋に、5人子育て中の女医さん登場!

 9月に行われた、憧れの職業に就いている大人から直接話を聞く「なるには講座」(byおとなの寺子屋)は、「医師になるには?」でした。

そして、晩秋にしては暖かい11月18日(日)、第3回目となる「なるには講座」が開催!

その憧れの職業とは…やっぱり“医師”!「えっ、なぜ同じ職業なの?」と思われる方もいると思いますが、前回登壇したのは、「医学生」と「医系技官」さん。

そして今回は、臨床経験も多い、現役の産婦人科医さんが講師なので、同じ医師といっても、ずいぶん内容は違うはず…。

にこやかな笑顔で現れた本日の講師吉田 穂波(よしだ ほなみ)」さんは、名古屋大大学院をご卒業後、米ハーバード公衆衛生大学院を終了。現在は神奈川県立保健福祉大の教授を務めるという、きら星のようなご経歴の女医さんですが、私(=みみ)がいちばん驚いたのは、上は中学生から下は4歳までの、5人のお子さんを子育て中だということ!その日も5人中、4人を同伴されていました。

家族4人の家事をこなすだけでアップアップの身としては、「1日のタイムスケジュールはいったいどうなっているの?」という点がとっても気になりましたが、本日のテーマは、「医師になるには?」なので、まずは吉田さんの生い立ちからスタート。

吉田さんが、命というものを強く意識するきっかけとなったのは、小学4年生の時。予定よりずいぶん早く、950gで弟さんが誕生したことでした!

「今でこそ、未熟児医療が進み、低体重児もちゃんと育つケースが多いですが、当時は1000gに満たない赤ちゃんが助かる可能性は低かったんです」と吉田さん。弟さんのことが気になって、毎日病院にお見舞いに行っていたのだそう。

そのとき、吉田さんが感じたのは「命というものは、いつどうなるかわからない。まるで揺らめくろうそくの灯のようにはかないものなんだ」という思い。

(結局その後、弟さんは無事元気に育ち、今では二人のお子さんのパパになっているのだそう…めでたし、めでたし。)

それにしても小学4年生にして、なんて適切で、かつ文学的な“ろうそくの灯”の例え!と思われた方もいると思いますが…当時の吉田さんは、生粋の文学少女だったそうです。

ご家庭の教育方針で、「テレビはハイジなどの限られた番組のみ。マンガは手塚治虫と藤子不二雄だけ」と決まっていて、吉田さんはそれを守りつつ、自由時間はおもに読書を楽しんでいたとのこと。好きだった本は、「アルセーヌ・ルパン」や「ナルニア国物語」。のちに海外で勉強をされる吉田さんですが、この頃の読書体験が、海外へ興味を持つきっかけとなったそうです。また「偉人伝」が好きで、その中に出てくる医師や看護師の話を「すごいなあ」と感動しながら読んでいた、とのこと。

バリバリお仕事をこなし、ハキハキお話をされる現在の吉田さんからは想像がつきにくいですが、小学・中学時代は人見知りで休み時間はひとりで本を読んでいることが多かったのだそう。

「もし、学校でうまくお友達ができずに、ちょっと一人ぼっちだな、と感じたら、ぜひ本やマンガを読んでみてください。その中にきっと、自分を支えてくれるお友達が見つかります!」と、集まった小・中学生にアドバイス。「なるほど、この言葉に救われるお子さんもいるんだろうな〜」と思ったりしました!

高校ではテニス部に入り、日々練習に打ち込んでいたという吉田さん。でも合宿で左ヒザの靭帯(じんたい)を断絶してしまい、しばらくの間松葉杖で登校することに。病院の先生をはじめ、家族やお友達など、周りの人々に支えてもらうなかで「患者」としての立場を経験。この出来事もまた、その後の進路を決める要因になったそうです。

それでもすぐ「医師になろう」と思ったわけではなかったそうですが、大学を選ぶ際に、難しい方」と「易しい方」があれば、まずは「難しい方」を選ぶとよい、という言葉を思い出し、文学少女ながら、「三重大学 医学部」を受験することを決意。見事合格を勝ち取ったそうです。

卒業後の研修場所は、あえて一番厳しいと言われる、聖路加国際病院を選択。これも、「卒業後3年のキャリアがその後を決める」という言葉が頭にあったからだそうで、とにかく前向きで頑張り屋さんなんだなあ、という印象を受けました。

聖路加国際病院での研修の日々は、毎日が“達成感のかたまり”だったそうです。「練習すればするほど色々なことが上手になるのが、面白くて面白くて…。病院に寝泊りして朝から晩まで働きました!診察室での対話や手術、お薬の指示など、医学部では学べないことも多く、最初は見よう見まねだったけれど、人は立場によってつくられる部分もあるので、医師としての自覚を持ってがんばることで、乗り越えることができました」と吉田さん。

また、聖路加国際病院で学んだのは、「患者さんの立場に立つことの大切さ」。例えば、ベッドにいる患者さんに話しかける時は、たったまま上から声をかけるのではなく、しゃがんで目の高さを同じにするのだそう。

ここで吉田さんは実際にしゃがんで、目の前にいた小学生の男の子をじっと見て、「ほら、こんな風に目線を合わせます」と実演。そして立ち上がってから「すばらしいコミュニケーション力ですね!一度も目をそらさずに見返してくれました」とにっこり!

3年間の研修を終えた後、名古屋大学大学院医学系研究科 で博士課程を卒業し、その後ご主人の留学に合わせて、ドイツのフランクフルトへ。そこで長女を出産したという吉田さん。それまで日本で学んできた産婦人科の考え方とドイツのそれとはぜんぜん違うことに驚いたそうです。

ドイツには、かかりつけの助産師さんがいて、定期的に在宅訪問してくれるんです。妊娠中から出産後まで、赤ちゃんに安全な洗剤やベッドの寝具のことまで、教えてくれたり相談にのってくれるから心強かったですね。私が病院勤務の中でいくら良い先生を目指しても、それだけじゃ足りない。患者さんの日常生活にまで思いを馳せてアドバイスをくれる存在が大切なのだと学びました」と吉田さん。

それからは、患者さんの様子に目を配り、不安を先回りして拾い上げていくように気をつけていらっしゃるそうです。

他にも、ドイツでは目からウロコのことがいっぱい。例えば日本では「太らないように」と指導されるのに、ドイツやアメリカでは「お母さんが太らないと子どもが育たない」と言われるそう。それから、日本の「母子健康手帳」と違い、妊婦手帳と子ども手帳が分かれていること。これは、出産前から子どもの成長過程まで1冊にまとまっている日本の母子健康手帳の良さを見直すことになったのだとか。

翌年、ご主人の大学院の関係で今度はロンドンへ。いわゆる「公園デビュー」はロンドンだったそう。ただ、寒くて雨がちな気候のため、赤ちゃんと二人でうちの中にいることが多く、うつうつとした気分に。帰ってきたご主人相手にいろいろと訴えることも多く、アイデンティティ・クライシス(自己喪失)状態に!

海外だからなおのこと、と思いますが、これは第一子を出産したあとに起こる「あるある」で、多かれ少なかれ似たような経験をしたことのある若いママは多いはず。ここで、「吉田さんもスーパーウーマンではなく、普通の女性なんだ!」と、逆に安心(?)して、親近感を覚えました!

その後のロンドン生活では、じょじょに日本人のお友達が増え、お互いの家を行き来するようになってから心が晴れていったそう。ここでも吉田さんは、「医者ができることには限界がある。病気を治すのは大切だけれど、その前に仲間や友達といった人間関係が重要なんだ」と感じたそうです。そこで、吉田さんは現地で総合診療の勉強をスタート。

そもそもロンドンでは、家族全員が一人のお医者さんに診てもらうのが一般的。それが糖尿病であっても、巻き爪であっても、すべてかかりつけのお医者さんに相談するのだそうです。「一つの領域の専門家となって、いかに難しい病気を治すか」に重きを置いている日本の医療との違いを感じつつ、日本へ帰国。

日本へ戻ってからは、仕事と子育て、家事、家族の健康管理、子どもの教育のことなど、とにかく毎日が忙しく、全力投球の日々。ものすごく頑張っているのに、それぞれの場面での評価が低いことに気づき、不満がたまったという吉田さん。「病院では、“早く帰ってしまう人”と思われ、保育所では“すぐに迎えに来ない”“忘れ物が多い”親だと思われているのではないかと感じていました。子どもは可愛いからたくさんほしい、でもこのままではうまくいかない。働きながら子育てをするために何か解決策はないのか?と思い、それなら公衆衛生を学んで臨床以外の強みを身につけよう、と、ハーバードへ留学することにしました。」

このときすでに、お子さんは3人。すごいです!その決断力、そして行動力に脱帽!この辺りは、やはり凡人とはかなり違う吉田さんならではの精神力を感じました。

ハーバードへ留学した吉田さんは、医学よりも幅広い、“病気にならずに健康を保つためにはどうすればよいか”という公衆衛生を学ぶため、朝から晩まで猛勉強をしたそうです。その間、もちろんお子さんたちを預けることになるのですが、その保育料がとにかく高いそうで、3人預けると1時間あたり2万円!貯金がどんどんなくなっていったそうです(汗)。

そして、見事ハーバード公衆衛生大学院の修士課程をご卒業。そして、その時にはなんと、4人目のお子さんがお腹の中にいたそうです。ハーバード時代には、日本料理を教えたりすることを通して、「日本人はどうして健康で長命なのか?」と改めて、日本の食生活の良さを見つめ直すこともあったそう。

また、アメリカは入っている医療保険の値段や種類に応じて受けられる診療内容が異なるのだとか。学生という立場だった吉田さんは、身をもって格差を体験するなかで、誰でも平等に最良の医療を受けられる日本は素晴らしいと気付いたそうです。

日本に戻ってから東日本大震災があり、被災地支援派遣医師として活躍。また、神奈川県が推進している「マイME-BYO(未病)カルテ」という、母子健康手帳や検診結果をバックアップできる仕組み作りをサポートしたり、心のケアに関する冊子作りなどを行っていたのだそう。

そして2013年には、なんと5人目の男の子をご出産!「子どもがいると働けないのか?という疑問を自分を実験台に検証している感じですかね〜」と笑顔。さすが!

「子育てしながら働きつづけるためには、病院に張り付いていることはできません。でも、患者さんのそばにいなくても、ワクチンを作ったり、健康や医療に携わる人材の育成をするなど、医師としてできることはあります。

今はAI時代ですが、人としての温かみやコミュニケーションは、人間ならではの得意技。好きなことや趣味など、自分の強みを極めるなかで、医師として実現できることを探っていけば、その働き方はどんどん広がっていくはずです!」

また最後に、吉田さんが提唱される「受援力(じゅえんりょく)」についてもお話しいただきました。「受援力」とは、“自分ひとりでできることには限界があると気づき、必要に応じて人の手を借りる力”だそうで、特に日本人は人に頼るのが下手で、「助けて」と言えないことから、孤独やうつといった問題が起きてしまう場合が多いとのこと。

「頼ることで救える命がたくさんある」「頼ることは、相手に対する最大の信頼の証」という言葉が、とても強く心に残りました!

〜講座を受けた感想〜

「今日は勉強になった。このことを将来に生かしていきたい。」(小4・男子)

「フルタイムで働いているので、仕事と子育ての両立に悩んでいる。私も頼るのは苦手だったけれど、頼っていいのだとわかった。今日伺ったことを周りにも発信していきたいと思う。」(小4男子の母)

「今のところ、子どもが医師を目指しているわけではないけれど、祖父が医師なので、興味を持ってもらえればいいな〜と思って参加した。自由なスタイルのお医者さんがいることがわかって、興味深かった。」(小5・中2の母)

「先生のお話には、共感しかありません!今後は受援力を大切にしていきたいと思う。」(医療ライター・2児の母)

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今後、「なるには講座 by おとなの寺子屋」は、およそ1〜2ヶ月に1回のペースで開催する予定。次回は小学生女子のなりたい職業ナンバー1という「看護師になるには?」が2月16日(土)に行われます。

参加費は500円。興味のある方は、下記アドレスまでお気軽にお問合せくださいね!

「おとなの寺子屋(平原)」(terakoya@oyabun.net)